基本的に、質量をもたないものというのは、曖昧なものだ。性質も重さもわからないんじゃ区別のしようがないから当然なのだが。例えば、あなたの見えてる色と私の見えてる色は同じか?と問われて、答えを知るものはいないだろう。同じ「青」であろうと、その「青」という色はどんな色なのかわからないからだ。例えば、前、というものだったらどうだろう。世界が三次元的に広がっていると考えるとすれば、x軸y軸z軸が存在することとなる。仮に私の後頭部のへこんだところから鼻の頂点まだの線の延長線y軸だとしよう。耳の穴から耳の穴までの線の延長線をx軸だとしよう。ある物体が(1,100)にあった場合、おそらく私はその物体は私の正面方向にあると判断する。また、(100,1)の場合は側面方向にあると判断するだろう。

ならば、(10,10)だとどうなるか?おそらく、私な斜面方向にあると判断する。しかし、その基準はなんだろうか?(100,1)でも、確かにy軸に成分は存在しているので、斜めと言っても間違ってはいないはずだ。何故側面だと判断する?かと言って、都合上何かしらを無理矢理に決定しないわけにはいかない、というのが一般的な考えだ。つまり、矛盾が発生するのは当然なことであり、決して悪いことではないのだ。曖昧な言葉を使用する場合は、前もって注意書をしてほしいと非常に願う。―私が国語が不得意だった(中学の同級生ならわかると思うが)理由は、もしかしたら私のこの思考なのかもしれない。